富山県高岡市福岡町木舟(地図:Googlemap:MapFan)
地元豪族の石黒氏の居城。天正2年に上杉謙信に攻められ降伏。その後、織田方につくが上杉景勝配下の吉江宗信に攻められ、石黒氏は滅んだ。
以降、佐々成政時代は佐々平左衛門が城主となり、豊臣秀吉による佐々討伐以降は、前田利家の弟・秀継が入城。
天正13年(1585年)11月、天正大地震が起こり、木舟城は倒壊して秀継夫妻は死亡。壊滅的な損害を受けた。
秀継の後継は、子・利秀となり、天正14年には上洛途中の上杉景勝を木舟城で出迎えたと言われるが、震災の爪痕深く、ほどなく利秀は今石動城に移り、廃城となった模様。
現在は、本丸の残骸が残る。城の北方には城下町が存在し、発掘調査による多くの出土品がある。(撮影2009年8月)
木舟城位置 Googlemap
木舟城石碑と本丸跡
木舟城案内板
木舟城案内板。中学生による復元図らしいのだが……。
本丸跡。
郭の残骸なので、特に何かある訳でもない。
本丸跡を西側から見る。
二つの丘を「本丸と二の丸」と見る人があるが、違いますよ。
本丸跡を南側から見る。
貴布禰神社は、別の郭跡と見られている。
貴布禰神社境内。
周囲より少し高くなっている。
貴布禰神社の案内板。
ここに来て、ようやくまともな推定図に出会えます。
木舟公民館前(地図)にある城下町についての案内板