富山県砺波市東保(地図)
地元・照円寺の縁起によれば、般若郷の地頭多智民部大輔政道の館だったが、増山城神保氏のために没落し、仏門に入ったという。
地籍図によると周囲を堀と土塁に囲まれた方形の館だったと見られる。ほ場整備前までは土塁が残っていたそうだが、現在はかろうじて一部を残すだけである。
(撮影2010年10月)
土塁が残る墓地
ちなみに方形城館の南西端に当たるそうです。
これが、かろうじて残る土塁跡。
今にも消えそうな感じで寂しいですね。
道沿いに「館の土居跡」の標柱があります。
(『富山県中世城館遺跡総合調査報告書』より引用)
航空写真(昭和44年・提供:国土画像情報 国土交通省)
方形館の西側土塁が残っているのが分かります。