富山県氷見市余川(地図)
義仲道と呼ばれる街道沿いにあり、小規模ながらも織豊系城郭の様相を色濃く遺す陣城。周囲は等高線がゆるく、守りに適した地形とは言いがたいのに土塁や堀は小柄。しかし、塁線を折り曲げ枡形虎口を持ち縄張りにかなりの工夫が見られ、まるで戦国後期の平城のミニチュアでも見ているような感覚になる。氷見市内でも他に例を見ない、異色の山城跡である。
城主については記録がないが、織豊系武将によるものには違いない。佐伯氏によれば、天正9年能登・越中の城割の指揮所として築城されたか、天正13年前田利家が佐々方の森寺城を攻める本陣としたか、2説を挙げている。
氷見あいやまガーデンから歩いてすぐの場所にあるので、アクセスしやすいです。数年前は笹薮の酷い場所でしたが、最近はおそらく土地所有者によって整備されている模様。 (撮影2015年3月)
海老瀬城 城郭図(『富山県中世城館遺跡総合調査報告書』より引用)
氷見あいやまガーデン前から、更に奥の林道を入ります。
林道(義仲道)から東方向に入る古道があります。
あいやまガーデンから歩いてすぐです。
ここの路肩は1台ぐらいしか停めれません。
相当使い込まれた古道ですね、これ。
しばらく歩くと、左方向に入る細道があります。
北方向に道があります。
すると、奥には城跡の虎口が見えてきます。
このあたり等高線がゆるく、ほとんど登りがありません。
城郭図Aの虎口にたどり着きます。
ただ佐伯氏によると、これは破壊虎口と推定され、本来の入口ではない。
Aから東方向の土塁と横堀。
Aから西方向の土塁と横堀。
本来の虎口はこの奥にあります。
ここが城郭図Bの虎口
Bから東に竪堀を落としています。
さあ、Bから城内に入りました